2018 November Open

父母の家

鹿児島県奄美市

父母の家

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奄美大島の伝統工芸である大島紬を生業にしてきた老夫婦の、終の棲家として計画された

住宅である。

敷地は奄美北部の太平洋側に位置し、長閑な集落の風景や山並みを望む高台にある。南の

島での設計は、台風や亜熱帯気候の厳しい環境への備えが最も重要な要素になるが、その

備えから外部に対して閉鎖的な建築が多い事が見て取れる。

計画は、この場所の自然豊かな風景を日常の暮らしに取り込める開放的な空間を可能とし

ながら、過酷な気候風土にも耐えうる強さを持った建築の実現に向け、ふたつの手法によ

って解決策を見出したいと考えた。

ひとつめは、大屋根を架け深い軒を持つ形態を用いる事で、室内の殆どを木陰の下で涼む

ような環境を創り出す事。ふたつめは、台風に対して建築を閉じる事で対策を講じるので

はなく、むしろ外部に限りなく開いていけるような強い骨格を持つ建築を創造する事であ

った。

具体的には、鉄、コンクリート、木の3 要素をすべて用いて、それぞれの特性を生かした

断面を探りながら最終的には、鉄骨で大屋根を支持し、コンクリートで外壁を覆い、大屋

根の重量や熱橋対策には木組を用いた構造体に至った。平面は、4M の均等スパンで構成

された鉄骨造に対して、コンクリートの壁は構造に拘束されることなく自由な構成を可能

としている。かつての奄美群島の建築様式として広く用いられてきた分棟型住居のように

、それぞれの機能は独立している様相を見せながら、個室以外のパブリックな空間は、突

出する壁と共に内から外へと限りなく拡張していく場の状態を創り出している。浮遊する

屋根と壁の隙間から挿入される光の陰影は、この島で生まれ育った私が少年時代に体感し

た光の再現であり、原風景によって導かれる形態を問い続け辿り着いた建築であった。

移りゆく光の表情や室内からのぞむ穏やかな風景が、老夫婦の残りの人生や暮らしに幾度

もの彩りをもたらしてくれる事を願っている。

天草の週末住宅

熊本県上天草市

Now writing.

大屋根の棲家

長崎県佐世保市

集落の原風景を踏襲する佇まい

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長崎県佐世保市の郊外に建つ家族4人のための住宅である。

敷地は東南に連なる山々と北西に流れる河川の狭間に形成された、古い集落群の中にある。夫婦は子供たちを育てる環境として、今も変わらず助け合いの精神で暮らしを営んでいるこの集落に飛び込むことを選んだ。しかしこの場所も、古い民家が壊され住民の高齢化により住宅の更新が進んでおり、この集落の人びとが共存しながら暮らしてきたこれまでの環境とは遠ざかるように都市化の様相へと変わりつつある。ここに新しい住まいをつくる上で、現存する風景を踏襲し、互いの関係性を尊重しながら存在してきた集落の暮らしに呼応する佇まいを目指した。計画地は2面道路の角地にあり、南側からは見下ろされる状況にある。また北側の隣家は計画地より2m下がっており、平屋で建てても隣家に当っていた日射しを遮ってしまう。そのため、床レベルを半地下に掘り下げ、平屋でありながらさらに高さを抑えて、この集落が培ってきた関係に倣って、この場所の環境に応えることにした。この建ち方によって北側の隣家は以前と変わらない住環境を保持し、同時に接道する2面の道路側には大きな余白が獲得でき、その余白は集落に対して大きく開放された境界のない場所となる。この建ち方は、建主が自らの身を集落の環境に委ね、新たな関係を築いていきたいという想いが根源となった。これから更新されていく住まいの指標として、原風景が壊されることなく未来へと継承される原動力になればと願った。内部は、極限の予算の中でも大屋根の下で家族が密接に関わりながら暮らすおおらかな空間を目指した。半地下にするものの土留めを必要としない深さに留め、構造は2,275×3,185mmのグリッドが反復する単純な架構で構成し、天井は大屋根を支える構造体が現しとなっている。壁や天井の素材は針葉樹合板に限定し、間仕切りや建具もこの地の暮らしに必要なものを選ぶことで、コストへの対応を図りながら大屋根の大きな気積をつくった。外部から見ると地窓とも見える半地下空間の様子は、この床レベルならではの感覚である。両端に設けたコンクリート板によって視線が大地へと地続きでつながっていく感覚を助長させ、腰上だけが外に開かれて外部と一定の距離が保たれた。この集落のあり方を根源にして、この住宅の個性に辿り着いたのは大きな収穫であった。

海辺のすみか

沖縄県読谷村

場所性から導かれる建築

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海辺のすみかは、沖縄県読谷村に建つ家族4人のための住宅である。敷地は西海岸の風光明媚な集落の中に位置し、海辺という立地ではあるものの、グラウンドレベルから海を望む事は出来ない環境下にあった。家族は趣味のマリーンスポーツが楽しめる土地を探して辿り着いたこの場所で、海面が移り変わる表情や潮風を感じながら過ごす事ができる日常と、家族が寄り添いながら時間を共有できる暮らしを望まれた。

計画は家族が望む暮らしを可能とするプログラムを構築すると同時に、この場所が持つポテンシャルを最大限引き出す建築手法について検討を重ねた結果、井桁状の構造形式による空中の平屋的空間構成に至った。また、漁港やその先の東シナ海まで望める高さで決定された建築の骨格は4本の柱によって支持されており、下階(基礎面積)を最小限に留める事でコストへの対応を図りながら、上階は 

4辺均等に持ち出された構造形式によって生活の機能が集約されている。具体的には、生活の殆どの機能を配置した上階は、リビングダイニングを中心に居室やテラス、さらには緑のボイドが取り巻くように構成され、南西側に広がる海側の風景を享受しながら開放的な空間へと導かれる。下階の必要最小限に留めたヴォリュームによって生み出された大きな軒下空間は、家族が希望する屋根付きのガレージやライフワークスペースといった半屋外の機能も兼ね備えた。これは亜熱帯気候という厳しい環境への対策を講じる目的と同時に密度の高い周辺環境に対して、グラウンドレベルを大きく開放する事で公の場が拡張するような場の状態を創り出す事を意図している。海辺のすみかは、まさに場所性から導かれた建築であり、下階の軒下空間では子供たちが縦横無尽に遊びまわり、上階では彼方へと広がる水平線と対峙しながら豊かな暮らしが育まれている。

いぬお病院

佐賀県鳥栖市

新しいスタイルの精神病院を目指して 

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いぬお病院は、佐賀県鳥栖市の閑静な住宅街に位置する精神科病院である。156床を持つこの建築は、その規模を感じさせない様相で静かな佇まいを見せており低層建築によって周辺環境との調和が図られている。また外側に用いた木調のダブルスキン構造は、病室からの視線など周辺住民への建築的な配慮を行うと共に、近寄りがたい印象を持つ精神科のイメージを一掃することを目的としている。建替えにあたり病院側から2つの課題が示された。

ひとつめは、精神科に通院する患者の抵抗感を感じさせない環境の創出であり外観から待合ホールに至るまでの空間デザインは、そうした抵抗感を無くせるようにカフェのような気軽さを持ち合わせた。

ふたつめは、旧病院での病室に引きこもりがちな閉鎖型の入院生活から社会復帰を促進する開放型の入院生活へと転換できるプログラムであり、各病棟に憩いの場として性格の異なるラウンジを配置するなど旧病院では見られなかった患者同士の積極的な日常会話が行われる事で、新病院では病室に引きこもる患者が圧倒的に減少し、社会復帰の達成率も大幅に高まっている。  

当初は移転新築の構想で始まったこのプロジェクトは、精神科というハードルの高さから新天地での移転計画は幾度も挫折を繰り返し、最終的には既存敷地での建替えの決断に至った。構想から完成まで8年の歳月を費やしたこのプロジェクトは、既存不適格建築物から現行法に適合する建築審査会を経て、3期に渡る工事と3度の仮使用許可を受けながら、完成した建築はデザインが統一されたひとつの建築として仕上がっている。 精神病院という用途の特性からしてもデザインが生み出しにくい施設で、従来のあり方とは異なるアプローチで取り組んだこのプロジェクトが、これからの精神病院が目指すひとつの指針になればと願っている。

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